【タロット物語】II 女教皇 ― 静けさの答え|戦国の呪術師・静月院
【II 女教皇】第0話 ── 静けさの答え
その人は、多くを語らない。名は、静月院(せいげついん)。
戦乱の世。明日をも知れぬ者たちが、最後の頼みのように、この呪術師のもとを訪れる。薄暗い部屋には、巻物と書物がうず高く積まれ、香炉からは細長い煙がひとすじ、ゆらりと立ち上っている。市女笠から垂れたヴェールが、彼女の顔を半ば隠していた。誰も、その素顔を知らない。
その日の客は、ひとりの大名だった。具足を鳴らして膝をつき、声を絞り出す。決めかねていることがある、と。進むべきか、退くべきか――いや、それすらも、もう自分でも分からないのだ、と。重い迷いが、その肩にのしかかっていた。
すぐには答えなかった。陰陽板にそっと指を添え、目を伏せたまま、ただ静かに言う。
「……お話なさいませ。胸の内を、そのまま」
大名は、戸惑いながらも語りはじめた。恐れていること。守りたいもの。本当は、どうしたいのか。言葉にするうちに、その声から、少しずつ迷いの濁りが消えていく。やがて彼は、はっと息をのんだ。答えは、誰かに告げられるまでもなく、もう、そこにあった。
「……かたじけのうございます」
大名は深く頭を垂れ、来たときよりもずっと軽い足取りで、去っていった。授かったのだ、彼は思っている。けれど本当は、自分の声を、自分で聞いただけのことだった。足音が遠ざかり、室にふたたび静寂が満ちる。
彼女は、ゆっくりヴェールを外した。香の煙が、ほどけて消えていく。窓の外には、青白い月。
(人は、自分の意志で進むのが良い)
そう思う。誰かに指し示されるより、迷い、躓きながらでも、自分の足で。答えはいつだって、その人自身の中に、静かに眠っているのだから。だからこそ、自分は何も授けない。ただ、映し返すだけ。
――ならば、わたし自身は?
問いかけて、彼女は小さく笑った。月を見上げ、ふっと、その問いを胸の奥へしまいこむ。己の心の声だけは、いつも、この静けさの内に置いていく。そうしてまた、答えを待つ者の座へ、静かに戻っていくのだ。
答えは、すでに静かにそこにある。誰の中にも。きっと、彼女自身の中にも。