【タロット物語】I 魔術師 ― 想い描く者|過激派の天才リグナス=エルディオン
【I 魔術師】第0話 ── 想い描く者
その者に、できないことは何もない。――少なくとも、本人はそう信じて疑わない。名は、リグナス=エルディオン。
魔法がまだ、世界の隅々に満ちていた創世期。人は感情を燃やして魔法を使った。喜びを、怒りを、悲しみを、薪をくべるように。だから術を使うほど、心はすり減っていく。けれど過激派の若きエリート、リグナスだけは違った。彼が魔法を使っても、心は一滴も減らない。なぜか――その理由を、本人はもう、覚えてもいない。
星のきらめく夜だった。
修練場では、同じ年ごろの術者たちが、汗を散らして魔法を練っていた。簡単な火ひとつ灯すのにも、奥歯を噛みしめ、肩で息をする。感情を削るたび、その顔から色が抜けていく。
そこへ、リグナスが歩いてくる。
涼しい顔をしたをしたまま、クリスタルの杖を夜空へ掲げ、もう片方の手で、そっと地を指す。それだけで、四つの大いなる力が応えた。火が、水が、風が、土が、彼の意のままに渦を巻き、頭上の闇に、複雑な術式が花のように開いていく。誰よりも鮮やかに。そして、誰よりも軽々と。
「またか……なんであいつだけ」
「なんで、あの男だけ疲れないんだ」
畏れと妬みの混じったざわめき。彼はそんな声に振り向きもしない。どうでもよかった。
その時、すぐ近くで、誰かが崩れ落ちた。感情の使い過ぎで、抜け殻のように膝をつき、震えている。仲間たちが一斉に駆け寄って、肩を支え、声をかける。「もう休め」、「無理するな」――その輪のなかに、リグナスの居場所はなかった。
彼はただ、立ったままそれを眺めていた。
(どうして、そんなに苦しむんだ?)
本気で分からなかった。たかが魔法ひとつで、膝をつくなんて。胸の奥が、ほんの一瞬だけ、奇妙にざわついた気もしたけれど――すぐに、それを自分の中に片づけてしまう。弱いから消耗するのだ。自分は違う。ただ、それだけのこと。
夜空には、まだ描いた術式が静かに燃えていた。
(妖精に飼われ、すがって生きる人間たち。いつか、僕がぜんぶ解き放ってやる)
不可能なんて、どこにもない。思い描いた未来は、この手で残らず現実に変えられる。彼は心からそう信じていた。満ち足りて、まばゆくて――そして、ほんの少しだけ空っぽだった。
けれど本人は、その空白に、まだ気づかない。想像した未来は、現実にできる。